23 うつ病患者の父親
見にきて下さってありがとうございます☺️
ダイエット中ですが、体重が増えている気がします…
今日は父親ついて吐き出します。
うちの父親は兄が生まれ、私が生まれてからも職を転々としていました。
定年まで勤めた会社に就職したのは、私が小学生になったからでした。
幼い記憶の中で、父親がいない時期が三回あったので大人になって母親に聞いた所、
一回目は病気で入院
二回目はバイクで事故で入院
三回目はまた病気で入院
でした。
今思うと幼い私たちがいる中で母親は大変だったと思います。
今でこそ、年を取り穏やかな性格の父親ですが、私が幼い頃の父親は、カッとしやすい性格で私も兄もよく怒られていました。
一番古い記憶で、私が焼き魚を食べられずグズグズしていたのがイラっときたのか、殴られ、蹴り飛ばされました。
私はこれ以上殴られまいと必死でキッチンのラックの棒にしがみついて号泣し、母親は
「やめて下さい!!」と叫んでました。
特に兄に厳しく、よく殴られてたと思います。
母親を激愛し、私達子供の事はほとんど無関心でした。よく二人で出掛けていました。
私もついていきたかったのですが、連れていってくれることは一度もありませんでした。
自分がイラっとした時だけこちらを見ている感じ。
私が高校に入学し、部活の朝練に行こうと朝早く家を出るとき、
「どこに行くんだ!」と
言われたことがありました。
「高校だけど…」と答えると
「お前高校行ってたのか?」と
言われました。
父親は私が高校に行っていることさえ、知りませんでした。
派手な父親で母親に連れられ私の高校の文化祭では金髪で来校し、目立ちまくりで恥ずかしかったのを覚えています。
同級生にはカッコいいお父さんで羨ましいと言われたこともありました。
年を取ってからは私にはマイルド父親になり、一緒に映画を観に行ったりしました。
相変わらず兄に厳しかったのは、兄が私に性的虐待をしていたのに気がついてたからなのかな?と今になって思います。
私が結婚してからはある程度の距離感で接し、孫を可愛がってくれていますが…無関心感は否めません。
私が出産し、子供と接する中で自分の子供に対し無関心ってあり得ないなぁと思います。
変わった親なのか、毒親なのか…わかりませんがこれからもある程度の距離感で接したいと思います。
次回は母親について書こうと思います。
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